先日、在日フランス大使館が、フランス語の面白い言い回しを紹介していた。
「C’est pas Versailles ici !」——訳すと「ここはヴェルサイユじゃないよ!」。電気をつけっぱなしにしている人に向かって、「電気消して、もったいないでしょ」という意味で、冗談っぽく使われるのだそうだ。
背景には蝋燭がある。かつて照明用の蝋燭はとても高価なもので、ヴェルサイユ宮廷では大量の白い蝋燭を灯していた。明るく照らされた空間そのものが、富と権力の象徴だったという。
(この記事は2026年9月時点で書いています)
貴族と一般人の差が、そこに効いている
この言い回し、おしゃれだなと思った。
単に「もったいない」と言っているだけではない。「ヴェルサイユ宮殿で暮らすくらいの非日常を、あなたはやっていいと思っているの?」という、軽い皮肉が入っている。貴族と一般人の差が、そこに効いている。
しかも、そう直接言ってはいない。場所の名前をひとつ出すだけで伝わる。言われたほうも、笑って受け取れる形になっている。
日本語だと何と言うだろう、と考えてみた
面白いので、日本語で同じことを言えないか考えてみた。
最初に浮かんだのは「安土城じゃないんだから」だった。安土城は夜にライトアップされていたという話を、どこかで聞いたことがあったからだ。豪華で、非日常で、有名な建物。条件は似ている気がした。
でも、口に出してみてすぐ却下した。
安土城が夜に照らされていたことを知っている人は、たぶんそんなに多くない。伝わらない例えは、皮肉として成立しない。「え、どういう意味?」と聞き返されたら、そこで終わってしまう。
ヴェルサイユのほうが圧倒的にいい。説明しなくても、豪華だと全員が知っているというのは、それだけで強い。
そもそも、武士は一般人に近い
考えているうちに、問題はもっと手前にある気がしてきた。
言い方の問題ではなくて、日本には「身分が高い=生活が豪華」というイメージが、そもそもあまりない。
お殿様もお姫様も、フランスの貴族ほど派手な暮らしをしている絵が浮かんでこない。武士はもともと一般人に近いところから出てきた人たちだし、質素であることが美徳とされてきた面もある。
だから「殿様じゃあるまいし」と言っても、贅沢への皮肉としては弱い。刺さらない。
では、日本で金遣いの荒さを象徴するのは何かというと、身分ではなかった。成金だ。
フランスは生まれ、日本は成り上がり。同じ贅沢をからかうにしても、皮肉の向き先がまるで違う。
でも「成金じゃあるまいし」はきつい
じゃあ「成金じゃあるまいし」で決まりかというと、これがまた、うまくいかない。
言われたらけっこう傷つく気がする。冗談としては、角が立ちすぎている。
理由ははっきりしていて、「成金」という言葉そのものに、悪いイメージが入っているからだ。金の使い方を知らない、品がない、という含みが最初から乗っている。だから言葉を発した時点で、もう相手を下に置いてしまっている。
その点、ヴェルサイユは悪口ではない。実在する宮殿の名前で、豪華なことで有名な場所、というだけだ。だから言われても、けなされた感じがしない。
つまりあの言い回しは、同じことを言うのに、悪い言葉を使わずに済んでいる。そこがうまい。
うちでは、わたしが消している
ちなみに我が家では、電気の消し忘れは夫のほうが多い。ただ、気づいたわたしが消してしまうことがほとんどなので、口に出して言う場面はあまりない。
言いにくさは、特に感じていない。ただ、言うとしたらそのまま言うと思う。
でも、そう書いていて思った。言われる側からしたら、たぶんきつい。
そう考えると、この言い回しが役に立つのは、言いにくくて困っている人ではなく、むしろずばっと言えてしまう人のほうなのかもしれない。言えてしまう人ほど、こういうクッションを持っていると得をする気がする。
訳さずに、そのまま使ってみたい
日本語に置き換えようとすると、ここまで見てきたようにうまくいかない。安土城では通じないし、殿様では弱いし、成金ではきつい。
でも面白いことに、そのまま持ってくれば使えそうな気がする。
「ここはヴェルサイユじゃないよ」
意味を知らない人が聞いても、ヴェルサイユという単語の華やかさだけで、なんとなく察してもらえそうだ。「なんか贅沢って言われてる」くらいは伝わる。
今度、電気がつけっぱなしになっていたら、言ってみようかと思っている。たぶん「何それ」と返ってくるけれど、そこから説明するのも含めて、けっこう楽しい気がする。
同じことを、今のコメント欄でもやっている
書きながら気づいたことがある。これと同じことを、今のネットでもやっている人たちがいる。
最近、動画のコメント欄を眺めていると、誰も傷つけずに面白いことを言うという遊びが盛り上がっているように感じる。歌の動画などで、出演している人をからかっているのだけれど、悪口には一切なっていない。言葉遊びや大げさな例えで、するりと逃がしている。読んでいて感心してしまう。
やっていることは、ヴェルサイユの言い回しとまったく同じだと思う。
皮肉やからかいを言いたい。でも、けなす言葉は使いたくない。その解き方として、片方は宮殿の名前を借りて、片方は言葉遊びで逃がしている。
フランスで数百年前に生まれた表現と、今のコメント欄が、同じことをしている。そう思うと、ちょっと面白い。
まとめ|日本語にも、たぶん同じことがある
たったひとつの言い回しなのに、考え出すと止まらなかった。
分かったのは、言い回しにはその国の歴史の形がそのまま入っているということだ。貴族が豪華に暮らしていた国と、質素を美徳としてきた国では、贅沢をからかう言葉の作り方が変わってくる。だから、うまく訳せない。
そして、これは日本語の側にも同じことが言えるはずだ。
わたしたちが何気なく使っている言い回しの中にも、たぶん背景がある。ただ、あまりに当たり前に使っているから、いちいち考えないだけで。
意味を知ると面白い言葉が、まだたくさん転がっている気がする。

