Nintendo Switch 2の購入条件が、この数ヶ月で何度か変わった。プレイ時間の条件がついて、外れて、また一部だけ戻ってきた。その経緯を追いかけるうちに、条件そのものよりも気になることが増えていった。
条件を外した瞬間に、買い占められた
2026年5月25日、それまであった「プレイ時間50時間以上」という購入条件が撤廃された。台数制限だけが残る形になった。
その話を知ったとき、最初に浮かんだのは「転売する人たちが動きそうだな」という予感だった。条件を外せば、また同じことが起きる。そう思っていたところに、想像より早く、買い占めの疑いがある注文が確認された。
予感はしていた。でも、予感していたよりも速かった。情報が広まる速さと、人が動く速さに、少し置いていかれるような感覚があった。
過去に50時間遊んだ人に売る、は合理的だと思う
6月11日、多言語対応モデルにだけ、条件が戻ってきた。「2026年5月31日時点でプレイ時間50時間以上」。日本語の国内専用モデルは対象外のまま。
これを知ったときに浮かんだのが、「やっぱりか」という気持ちだった。条件を戻さざるを得ないところまで来たんだな、と思った。
そして、この条件自体は、合理的だと思っている。発売直後は数が足りない。すでに遊んでいる人を優先するという考え方は、筋が通っている。
気になっているのは、条件を作ったこと自体ではない。
でも、これから始める人を弾いている
合理的だとわかっていても、寂しさは別のところにある。この条件は、これからNintendo Switch 2を始めたい人を、静かに弾いている。
50時間遊んでいることが証明できないと買えない、というルールは、これから遊びたい人にとっては「お断り」と同じ意味になる。誰かを狙って作られた条件ではないはずなのに、結果として、そういう人たちだけが外に出される形になっている。
どこまで制限していいのか、考えが行ったり来たりした
正直に言うと、この条件についての自分の考えは、一直線ではなかった。
数が落ち着いてきたら、初めての人でも買える仕組みに戻してほしい。たとえば、アカウントを作れば1台までは誰でも買えるとか。そう思う一方で、店頭では条件なしで買えるのだから、オンラインだけ制限がかかっていてもいいのかもしれない、とも思う。
どちらか一方に決めきれないまま、行ったり来たりしている。任天堂自身も、条件を外して、また一部だけ戻している。揺れているのは、きっと自分だけではない。
一番もやもやするのは、作る側が疲弊していくこと
買えない側の話は、探せばいくらでも出てくる。自分がもやもやするのは、むしろ逆の場所にある。
条件を考えて、発表して、外して、買い占められて、また条件を作り直す。その一連のことを、ゲームを作っている会社がやっている。本来なら、ゲームを作ることに使いたかったはずの時間や労力が、別のところに削られていく。
「かわいそう」と言いたいわけではない。売る立場である以上、対策をするのが一番現実的なのも事実で、そこは引き受けざるを得ない構造になっている。ただ、その構造自体が、誰かにとって重たいものであることは、覚えておきたいと思った。
仕事として成立している以上、条件を足しても終わらない
転売がなくならない一番の理由は、それが個人のモラルの問題ではなく、仕事として成立してしまっていることにあると思う。
条件をひとつ足せば、その条件を回避するための工夫が、また生まれる。いたちごっこという言葉があるけれど、片方だけが疲れていく、いびつないたちごっこに見える。
だから、条件を足すことだけでは終わらない気がしている。転売そのものが割に合わなくなるような、社会のほうの仕組みが変わっていかないと、この往復は止まらないのだと思う。
昔は、欲しいものをゆっくり迎えに行けた
Switch 2から少し離れて、自分自身の買い物のことを思い出す。
後でゆっくり買いに行こうと思って、他のお店を見ている間に売り切れていたことがある。発売日になったら買うつもりでいたのに、実は予約をしていないと手に入らないものだった、ということもあった。
昔は、欲しいものをもっとゆっくり迎えに行けた気がする。今は、少し目を離した隙に、戻れなくなっていることがある。
まとめ
Switch 2の購入条件は、これからも状況に合わせて変わっていくと思う(この記事は、あくまで執筆時点の話として書いている)。
条件が合理的かどうかより、自分がこの件を通して考えたのは、買う側と、作る側と、その間で消耗していく仕組みのことだった。誰かを悪者にする話にはしたくなかった。
ただ、この記事を読んでくれた人には、少しでいいから、欲しいものをゆっくり迎えに行ける時間が戻ってきたらいいなと思う。

